本の森/音の海

本と音楽についてのノート

羽生善治「上達するヒント」

 

上達するヒント (最強将棋レクチャーブックス(3))

上達するヒント (最強将棋レクチャーブックス(3))

 

 先日、歴代最多勝となる1434勝を達成した羽生九段。将棋の普及の面でも大きな功績があることはいうまでもなく、数多くの棋書を刊行している。

代表的な著作としてまず、若き日の偉業である「羽生の頭脳」シリーズがある。当時の最新定跡を集大成したこのシリーズは、今でも基本定跡を学ぶための最良の書として推薦されることが多い。

また、次の一手形式で羽生さんの実戦を題材に終盤力を高めることができる「羽生善治の終盤術」も名高い。なんども「私(※羽生)の読みとあなたの読みを比べてください」というフレーズが出てくるけど、ぼく程度の棋力では「すみません。比べものになりません」というしかない(笑)。

他にも難解として知られている「変わりゆく現代将棋」や駒ごとの手筋集「羽生の法則」など、監修としてクレジットされているのも含めれば、硬軟さまざまの棋書が刊行されているが、その中にあってこの「上達するヒント」はユニークな位置にある。

もともとは棋書の刊行が少ない外国の将棋ファンに向けて書かれたもので、外国のアマチュアによる棋譜を題材にして、「構想」や「厚み」、「位どり」、「さばき」など、将棋特有の考え方について解説しているのだ。

将棋を覚えるために必要なものは、もちろん駒の動かし方とルール。そして簡単な詰将棋で相手玉を捕まえる感覚を養い、基本定跡を学んでいざ実戦・・・となるわけだけど、初めのうちは途中でいったいどう指し進めていけばよいのか途方に暮れてしまうことが多い。そんなときの基本方針となるのが「構想」であり、「厚み」や「位」、「さばき」などの本書で解説された概念だ。

ある程度の実力が備わった人にとってはこれらの概念は肌感覚でしみついているものだと思う。しかし、いざそれを初級者に分かりやすく説明しようとすると、かなり困難であるだろう。決まった手順というものがないからだ。「数多く指していけばわかる」とか「そういうものだから」でお茶を濁してしまいがちになるのではないだろうか。

そんな難題を羽生さんは本書の中で実に分かりやすく解き明かしてくれている。題材がプロではなくてアマチュア、それも初級者同士から有段者に至るまで、さまざまなレベルの棋譜を元にしているのにも驚かされてしまう。玉石混淆の題材から、テーマに沿ったポイントを的確により分けて、明晰に解説をするという優れた知性のはたらきを、この本で読者はまのあたりにできる。

実際に指す人はもちろん、解説をもっと理解できるようになりたいと思っている「観る将」にとっても本書は有益な示唆を与えてくれるだろう。