本の森/音の海

本と音楽についてのノート

ドーナル・ラニー「クールフィン」

 

ドーナル・ラニー・クールフィン

ドーナル・ラニー・クールフィン

 

 アイリッシュ・トラッド界の重鎮、ドーナル・ラニーによる、ソロ名義としては唯一のアルバム。購入した当初はあまりピンとこなかったけど、先日ふと思い立って聴き返してみたら、いやはや素晴らしいアルバムではないですか。最近では通勤音楽として手放せない存在となった。

かつてピンとこなかったのは、おそらくコンテンポラリーな要素があまりにも自然に盛り込まれていて、スムーズな聴き心地となっていたので、当時の自分にはひっかかりを感じることがなかったからだろう。そして、そのピンとこなかった理由が今ではくるりと反転して、大きな長所として感じられる。

エディ・リーダーをはじめとするゲスト・ヴォーカル陣も魅力的だし、インスト・ナンバーとのバランスもよい。伝統と現代的な要素が溶け合った傑作。

 

5月の文庫新刊チェック

来月刊行予定の文庫から気になるものを抜き出してみた。出版社の順番は五十音順。

文庫発売日一覧 | ほんのひきだし

岩波文庫

三島由紀夫スポーツ論集」がちょっと気になる。井筒俊彦が立て続けに文庫化されているのはうれしいけど、いつ読めることやら。

角川文庫

涼宮ハルヒシリーズの移籍も一段落。新作が出る日は来るのだろうか。

角川ソフィア文庫 

宇野弘蔵・大島清ほかの「経済学」(上・下)。気になるけど読むことはないだろうな。

 河出文庫

 「日本の偽書」は文春新書で刊行されていたのを文庫化したものかな。吉田秀和グレン・グールド」は要チェック。

講談社学術文庫

ベルクソン物質と記憶」の新訳がまた出る。これが決定版になるか?

 集英社文庫

 おー、「世界の辺境とハードボイルド室町時代」!久しぶりに集英社文庫で要チェック。

小学館文庫

佐藤優片山杜秀の「平成史」がもう文庫に。時期的にはタイムリーだけど、まだ単行本刊行から1年くらいしか経っていないのでは。内容はすこぶる面白いけど。

中公文庫

  今月の目玉はここ。手塚富雄訳の「ファウスト」待望の復刊!個人的に「ファウスト」の翻訳ではこの手塚訳が一番お勧めできる。池内訳は分かりやすくしようとしすぎていて、なんだか物足りないので。

文春文庫

倉橋由美子訳の「星の王子さま」が出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郡司ペギオ幸夫「天然知能」(2)

 

 

 なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる 西行

 

天然知能 (講談社選書メチエ)

天然知能 (講談社選書メチエ)

 

 当初は各省ごとにまとめと感想を書く予定だったけど、なかなか時間がとれないので、全体を通して読んだ感想をざっくりと。

面白かったかどうか、と聞かれれば面白かったと答える。けれども書かれていることを全てすずしく飲み込むことができたか、となるとそうはいかない読書だった。

さて、この本ではまず知能の3つの様態が述べられている。まずは自分が知覚できたデータのみを対象とする一人称の「人工知能」。次に「自然科学的思考一般」であり、謎や問題として把握されたものに興奮し、それを理解しなくては気がすまない三人称の「自然知能」。そして世界をあるがままに受け入れ、自分を外に開いていくのが、本書の主題である一・五人称の「天然知能」となる。

人工知能と自然知能の共通点はどちらも世界を己の内部化し、データとして集積する点とにある。そうなるとデータ化の速度においては人工知能の方が圧倒的なので、自然知能はかなわない。そこで「外部に踏み込み、その外部を招き入れることで、物事の理解を実現する」天然知能こそが人工知能と自然知能の対立を乗り越えるありようとなる。

 外部は知覚できないけれど、確かにあると感じられるもの。それにいかに自分を開いて世界を感じ取っていくのがこれからの人間の知性の在り方ではないかというのが著者のメッセージとして受け取った。冒頭に引用した西行の和歌など、まさに天然知能を詠んだものとはいえないだろうか。

 この認識を出発点として、著者は天然知能の概念をぐっと拡大し、掘り下げていく。とりわけ終盤で述べられる、自由意志・決定論・局所性がトリレンマの関係にあるとして、意識の構造の解明に踏み込んでいくくだりは、難解ながらもスリリングな展開だった。

とても示唆に満ちた内容の本なのだけど、最初に触れたように自分の中で少し引っかかっていることがある。外部についての説明を読んだときに、すぐ思い浮かんだのは「無意識」と「神」のことだった(こうして謎を自分の知っているものに置換して理解しようとするのは、はなはだ「自然知能」的なのだけど・・・)。

「無意識」についてはある程度の答えが本書に語られていると思う。そうなると「神」はどうなるか。信仰というのは人間が古来から積み重ねてきた「天然知能」の方法であるのではないか。このことが読んでいる途中からずっと気持ちの中に残っている。先に、すずしく飲み込むことができたとは言えないと書いたのはこの問題があるからだ。

とはいえ、これは不満ではない。著者から与えられた宿題のようなものだ。これからじっくりと考えていくことにしよう。

 

3月の読書

月の後半から仕事が忙しくなってきたので更新が滞ってますが、面白い本にはいろいろ出会ってるので、なるべく記録として残しておきたいですね。

「天然知能」はもうすぐ読了。

先月の読書メーター 読んだ本の数:9冊 読んだページ数:2700ページ ナイス数:0ナイス ★先月に読んだ本一覧はこちら→ https://bookmeter.com/users/10822/summary/monthly

 

郡司ペギオ幸夫「天然知能」(1)

 

天然知能 (講談社選書メチエ)

天然知能 (講談社選書メチエ)

 

 

 

この本に養老孟司さんが寄せた推薦コメントには、「一見やさしく書かれていますが、バカにしてはいけません。世界の見方を変えてくれます。」とある。なるほど確かに平易なことばで記されているのだけれど、どうしてこれがかなり手強い。自分の理解を整理するためにも、読み進めながら適宜まとめ、感想を綴っていくことにしよう。 

 

前書きにあたる「ダサカッコワルイ宣言」からもう手強い。

目次にはマネコガネや、イワシ、オオウツボカズラといった昆虫や動植物名で章立てされているから、天然知能とは人工知能の対極にあたる、自然の本能に類する知性のことなのかと思っていたら、冒頭一行目で早くも否定されてしまう。では、天然知能とはどういう知性を指すのか。

「徹底した外部から何かやってくるものを待ち、その外部となんとか生きる存在、それこそが天然知能なのです。」というのがまず示される定義だけど、これでは一体なんのことやら、さっぱり判然としない。そもそも本書で述べられる「外部」というのが、「想定外で、何をするかわからない」もので「知覚できないが存在する」ものなのだ。「考えるな、感じろ」の世界である。

 

こうした「外部」を考える意義は、「人工知能」の定義が述べられることで、ある程度見えてくる。

本書での「人工知能」とは「自分にとって意味のあるものだけを自らの世界に取り込み、自らの世界や身体を拡張し続ける知性」のことを指す。こうした知性にとっての「外部」とは「自分にとって都合のいいものが集められた」ものになる。

 

どこまで拡張しても自分にとって都合のいいものしかないなら、これは快適であるだろう。そして、現在目にすることが多い「知」の働きはたいていがこうした「人工知能」的なものではないだろうか。それに対して、見たくないもの、自分の興味のスコープから外れるものも感じ、考えようとする知の働きが天然知能的といえそうだ。真の意味での外部をスマートにスルーするのではなく、感じとり共存を図るのは、なるほど「ダサカッコワルイ」ことのような気がする。 

 

このように「知覚できないが存在する外部を、受け容れる知性」のことを本書では「1.5人称的知性」と呼ぶことにしているのだけど、これまたつかみづらい呼び方だ。なぜそう呼ばなくてはいけないのか。この概念がどのように展開していくのか、その答えは本論を読みながら考えるしかない。

 

…ということで、ようやく前書きの終わりまできた。今後は各章を読み終える毎に記事をまとめていく予定。

 

 

平成の邦楽30枚. and more

思い出すのが結構たいへんでした・・・。

 

平成元年(1989) 細野晴臣/Omni,Sightseeing

平成2年(1990)   ZABADAK/遠い音楽

平成3年(1991)   雷蔵/雷蔵参上

平成4年(1992)   ヤン富田/Music For Astro Age

平成5年(1993)   Pizzicato Five/BOSSA NOVA 2001

平成6年(1994)   小野誠彦/Bar del Mattatoio

平成7年(1995)   かの香織/裸であいましょう

平成8年(1996)   佐野元春/フルーツ

平成9年(1997)   電気グルーヴ/A

平成10年(1998) 坂本真綾/DIVE

平成11年(1999) 高橋幸宏/The Dearest Fool

平成12年(2000) カーネーション/LOVE SCULPTURE

平成13年(2001) MOONRIDERS/Dire morons TRIBUNE 

平成14年(2002) 山下達郎/Rarities

平成15年(2003) コシミハル/CORSET

平成16年(2004) 高橋鮎生・太田裕美/RED MOON

平成17年(2005) CHORO CLUB feat. Senoo/ ARIA The ANIMATION

平成18年(2006) カヒミ・カリィ/NUNKI

平成19年(2007) 青柳拓次/たであい

平成20年(2008) Lamp/ランプ幻想

平成21年(2009) YOKO KANNO SEATBELTS /Space Bio Charge

平成22年(2010) blue marble/ヴァレリー

平成23年(2011) World Standard/みんなおやすみ

平成24年(2012) 伊藤ゴロー/GLASHAUS

平成25年(2013) 三宅純/Lost Memory Theatre act 1

平成26年(2014) 大瀧詠一/Each Time 30th Edition

平成27年(2015) 鈴木慶一/Records and Memories

平成28年(2016) Perfume/Cosmic Explorer

平成29年(2017) 坂本龍一/async

平成30年(2018) THE BEATNIKS/EXITENTIALIST A XIE XIE

 

そして・・・

平成31年(2019)細野晴臣/Hochono House

佐々木閑「大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか」

 

 

 

いやあ、面白かった。大乗仏教についてこんなに明快に解説した本はこれまで読んだことがなかった。

 

まずは釈迦のもともとの教えが「自分を救いの拠り所と考えた」ものに対し、大乗仏教では「外部の不思議な力を拠り所と考えた」と区別するところからスタート。そしてそのような違いが生じた理由について「理にかなってさえいれば、それは釈迦の教えと考えてよい」というアイデアが登場したからだと説いていく。

そして大乗仏教の目的は悟りを開いて「ブッダになること」というのだけど、ではどうすればそんなことができるのか。この本によると、それは「ブッダと出会い、それを崇めること、供養することがブッダになるための近道である」となる。しかし供養はともかく、ブッダに出会うなんてどうすればできるのか。この難問にどう答えを出したのかが「大乗仏教の面白さであり、真骨頂なのです」ということになる。

これを踏まえて主な経典の解説に進むのだが、ここからがこの本の読ませどころ。その例をざっとかいつまんでいこう。

 

1)〈空〉について

空とは、コンビニのポイントカードで貯まったポイントがコンビニだけではなく、他の目的にも利用できるように「善行によって得たエネルギーをブッダになるための力に振り向けることができる、より上位のシステム」

 

2)『般若経』と『法華経』の関係

自動車にたとえると『法華経』も「般若経」も同型のエンジンを積んでいる」が、「久遠実成」という考えを作り出したことにより、『法華経』のエンジンにはターボチャージャーが搭載された。

 

3)パラレルワールドの考えを導入した「浄土経」

「浄土経」では、なんとかブッダと今すぐ出会える方法はないものかと考えた末に「私たちが生きているこの世界とは別の場所に、無限の多世界が存在している」とまずはとらえることにした。

 

4)バーチャルはリアルであるととらえた華厳経

宇宙に存在する無限のブッダがお互いにつながっていると仮定すると、この世界に現れた一人のブッダを供養しただけで無限のブッダを供養したことになる。

 

他にもいろいろあるけれど、とりあえずここまで。本書では各経典の解説だけではなく、さらに大乗仏教の今後についても考察している。ここでの著者の考えには、個人的に異を唱えたい部分もあるのだけど、それはもっと考えていきたい。ともあれ、刺激的な読書体験だった。