本の森/音の海

本と音楽についてのノート

マイベスト河出文庫:マックス・エルンスト「百頭女」他

河出文庫には恩義がある。

高校時代に続々と文庫化された一連の澁澤龍彦の作品群は眩暈がするほど魅力的だった。「異端の肖像」、「幻想博物誌」、「秘密結社の手帖」、「夢の宇宙誌」、「黄金時代」・・・etc。書名を見るだけでも妖しいオーラを放っているように思えたものだ。特に「夢の宇宙誌」との出会いは忘れがたい。今でも「夢の宇宙誌」~「胡桃の中の世界」~「思考の紋章学」と続く一連の著作が澁澤の真骨頂だと思う。

 

夢の宇宙誌 〔新装版〕 (河出文庫)

夢の宇宙誌 〔新装版〕 (河出文庫)

 

 とはいえ、澁澤作品をいくつかあげて河出文庫は終わり、とするのはもったいない。澁澤龍彦についてはいずれ稿を改めて書きたいので、ここでは他の作品をあげたい。

 

さて、どれを選ぶか。まずは外国文学。すぐにでも復刻して欲しいジョン・ファウルズ「魔術師」や、イザベル・アジェンデ「精霊たちの家」、マイクル・コーニィ「ハローサマー、グッバイ」、ル=グウィンの三部作「西のはての年代記」など、忘れがたい作品が多い。

近年ではボルヘスの一連のアンソロジーに楽しませてもらっている。主な小説は評論・講演は岩波文庫にそろっているけれど、アンソロジストボルヘスを楽しみたいのなら、河出文庫一択だ。「幻獣辞典」、「怪奇譚集」、「夢の本」のどれもが素晴らしい。いずれ「天国・地獄百科」あたりも出てくれるとうれしい。

 

幻獣辞典 (河出文庫)

幻獣辞典 (河出文庫)

 

 しかし、ここで取り上げたいのはマックス・エルンストの一連のコラージュ小説だ。20世紀最高の奇書ともいわれる代表作「百頭女」だけども素晴らしいのに、「慈善週間」や「カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢」まで文庫化したのだから、まさにこれは快挙といえるだろう。できれば3冊とも手に取って欲しいけれど、どれか一冊となれば「百頭女」を、ぜひ。

 

百頭女 (河出文庫)

百頭女 (河出文庫)

 

 国内作品も負けてはいない充実ぶり。須賀敦子の全集や、久生十蘭の一連の短編集、鶴見俊輔コレクションなど、どれを選んでもよいのだけれど、今回はぼくの偏愛する一冊である、杉山二郎「遊民の系譜」をあげたい。

 

遊民の系譜 (河出文庫 す 11-1)

遊民の系譜 (河出文庫 す 11-1)

 

 東京は国立博物館に勤務していたこともある著者が、その知識を総動員して、日本からジプシーに至る、漂白の民、遊芸人たちについて活写したすこぶる楽しい本だ。ちょっと癖のある文体と豊富な引用が初めのうちはとっつきにくく感じるかもしれないが、慣れてくるとそれがなんともいえない“味”となって読者を魅了する。今は絶版なんだろうか。そうであれば、ぜひ復刊して欲しい一冊だ。こうした本がすぐ入手できる状態にあることが、文化の成熟といえるのではないかと思う。