本の森/音の海

本と音楽についてのノート

マイベスト平凡社ライブラリー:林達夫・久野収「思想のドラマトゥルギー」他

 

思想のドラマトゥルギー (平凡社ライブラリー)

思想のドラマトゥルギー (平凡社ライブラリー)

 

 想像以上に懐が深いラインアップだな・・・この記事を書くために、シリーズ - 平凡社

に掲載されている平凡社ライブラリーの一覧を読んでみてまっさきに思った。

もちろん、定評ある文庫ならいずれも幅広い分野の作品を収録しているのだから、ことさら平凡社ライブラリーだけの特長とはいいきれないのだけど、それでも「中世思想原典集成」といった、いかにも平凡社らしい(?)作品が「古典BL小説集」といった、他では見られないアンソロジーと同居している様を見ると、自然に上のような感想が湧いてきたのだった。

 

なるほど、さすが森羅万象を網羅した「世界大百科事典」を刊行しているだけのことはある・・・そう、ぼくにとって「平凡社」という響きが連想させるのはまず「世界大百科事典」なのだ。そして、1955年にこれまでの「大百科事典」から「世界大百科事典」へと新たに生まれ変わったときの編集長を務めたのが林達夫である。となれば、やはりマイベスト平凡社ライブラリーから、林の本を外すわけにはいかないだろう。ラインアップには「林達夫セレクション」3巻があるけれど、格好の林達夫入門として推薦できるのは、久野収との対談集である「思想のドラマトゥルギー」だ。 

林達夫は達意の名文家としても知られている。ぼくが彼の名前を意識したのは、丸谷才一が「文章読本」で「旅順陥落」を引用していたことがきっかけだった。しかし、彼の「声低く語る」、無駄のないスタイルの文章を読んでいるだけでは、なぜ彼が山口昌男澁澤龍彦といった人たちに慕われたのかが、いまひとつ見えにくかった。

そんなもやもやを吹き消してくれたのが「思想のドラマトゥルギー」だった。久野収という、対等にやりとりできる気心の知れた相手に対して、林はのびのびとその豊かな知見を披露している。のみならず、自身の来歴や同時代の思想家についての論評も生き生きと語っているのだ。対談集は多々あれど、これほど話題が豊富で、未だに色褪せずに読めるのはまれではないか。きっと会話や書簡での林は、接する人に知的刺激を与え続けていたのだろう。いつか書簡集がまとめられたとしたら、きっと面白いに違いない。

 

 「思想のドラマトゥルギー」については、まだまだ語り足りないけれど、残りの2冊についてざっと紹介したい。

Twitterでぼくがリストアップしたのは、他に白川静「文字遊心」とミシェル・レリス「幻のアフリカ」だった。

 

文字遊心 (平凡社ライブラリー)

文字遊心 (平凡社ライブラリー)

 

 白川静のエッセイ集。平凡社ライブラリーには他にも、自伝「回思九十年」や「文字講話」シリーズがあるけれども、白川学入門としてこの本は「文字逍遥」と並んで格好の一冊だと思う。

  

幻のアフリカ (平凡社ライブラリー)

幻のアフリカ (平凡社ライブラリー)

 

 1000頁を超える厚さに圧倒されるが、内容もまたしかり。20世紀を代表する奇書のひとつだと思う。これが収録されたのは快挙。分冊にしなかったのが素晴らしい。